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   千鶴伽の最新スケジュールやお知らせ、ライブ・ツアーのレポート写真もアップします!

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週末の登山~

日曜日、日帰りで日光白根山(2578m)へ。
とはいっても、2000m近くまでは、ロープウェイで行ったので、全行程は4時間くらい。
久しぶりの山。
超冷え性の私にとっては、今年最後かもしれません。

山頂付近はマイナス3度。
残念ながらあと15分で頂上というところで、安全と時間を考えてSTOP。
何せ、登り始めたのが、12時だったので。

都内を5時に出発したにもかかわらず、
日光方面は紅葉のいろは坂方面へ向かう車で、朝から込んでいた事、
また、裏道を回っていったため、途中で、星野富弘美術館などがあるところを通り、、、
(立ち寄れはしなかったが、、、)地元野菜を売っているお店に寄ったり、
そこでお茶を出してもらって話し込んだりしてしまったのでした。

講談師の中高年の女性と、師匠と仰ぐ登山家?のS氏(日経新聞記者)の3人。
山頂近くは、標高2500mとあって、樹木もない砂利道。風には吹かれ放題。
山頂近くになって、唇周辺が固まってしまった私は、『ここで引き返したい!』と言い出し、
師匠に、『俺のバンダナを貸すから顔に巻くんだ!手袋も貸すから、3重にしろ!
こんな風はそよ風じゃないか?』(→それは絶対違うと思うけど、、、、)と、
叱咤激励されつつ、ナントカ、山頂付近まで行き、、、、、
無事に下山。
帰りは、温泉に使って帰りました。

ロープウェイの駅には、標高2000mの眺望を持つ『天空の足湯』という足湯温泉がありました。



さて、週明け昨日の18時ごろ、都内の地下鉄から地上に出たら、
天気予報からは想像も出来ないような雨。
致し方なく、コンビニでビニル傘を買い、歩き出したら、なんと直径1cm弱の雹が、
ビニル傘を破らんばかりに降り始め、3分くらいで、ものすごい豪雨、そして大雷。
下半身ずぶぬれ、でした。

東京って、こういうのがすごくある。
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鳶職のお兄さん

数日前から、、、、、
うちの近くの5階建て?のマンションに足場が組まれ、昨日から30代?前後の鳶の職人さんたちが、高い高い所で作業されている。
うちの窓から見るだけで、ぞっとするが。
幅50センチくらい?の足場意外、ない。命綱は、、、つけてないみたいだし。
お昼間に、そのマンションの横のわき道のアスファルトで、7~8人の皆さんで丸く座って休憩されていた。

命がけの、、、、
言い訳無しの、男の世界~~~~なのだろうなあ。

子供の頃、しょっちゅう改築していた私の実家には、1~2年に一回?、
どうかすると半年に一度は大工さんが2~3人で、1週間とか、一ヶ月とか、通ってこられていた。
母は、夜は自宅で英語塾を経営し、昼は婦人会や三味線やと、、、忙しくしつつも、必ず、12時のお昼時のお茶と、15時の休憩のおやつを出し、「私らは汚れてますから、外で休憩しますばい、奥さん!」とおっしゃる大工さんを、内に上げてもてなし、主婦らしい世間話を含め、おしゃべりしていた。
たまに、「今度の大工さんは気難しいとよ~」とか、
「あの大工さんは、わたし、すいと~よ。」とか、言ってたなあ。

ということもあり、私はこういう職人さんの空気にも昔から慣れっこで、
もっというと、大好きなのです。

だから、アスファルトで座って、外で休憩しておられる鳶の職人様方を見ると、
ついつい、「うちでちょっとお茶してください~」と、声をかけたくなるのです。
今の時代、そんなことしたら相当と変人と見られて、逆に断られるだろうが。


今日も作業を見ているとぞーっとして、気になってたまらない感じ。
雨も降ってきたし。
どこで休憩するのだろう。


言い訳なし!の世界といえば、
車椅子バスケの千葉県のチームに、「NON EXCUSE(ノネキスキュース→言い訳なし、という意味!)」があったな。皆さん、元気かなあ、、、、。

19日のイベントライブ

寝ても覚めても振り付けの事を考えていたザ・ピーナッツメドレーも、いちおちゃんと踊れたし、
約一時間のコンサートは、とてもいい感じで終了しました。皆さんにも喜んでいただけたようです。


19日は、(株)テンガイの経営するパチンコ店FESTA野田店の福祉大使としての出演。
(千葉県野田市に店舗があり、その地域の社会福祉協議会主催の高齢者のためのイベントへの出演でした)

ちょっとびっくりしたこと。
現場への朝8時入りの際、
『パチンコ店出店反対派の方々の空気』を、そのパチンコ店側の人間として、感じた。
ツンツン、ツンツン!と、、痛かった。
出店の際、反対派の運動があったこと、
会社挨拶は控えてほしいと事務所に連絡があったことなどもあり
空気が厳しいことは、少し予測はしていたが。

コンサート自体は、アンコールもあった、とてもあたたかな雰囲気のコンサートになりました。
自画自賛かも?????
いや、今までの施設コンサートの中で、一番よかった、と思う。。
コンサート終了後、撤収作業をしていた時、
朝は、『ツンツン』だった人たちが、笑顔で、
「とてもよかったですよ。」 
「同様も演歌もポップスも歌えるんですね~」
「僕は初めて主催者に感謝したよ、いや~、いい人を呼んでくれて今日は本当に楽しかった!」
などなど、言っていただけたし。

スタッフには苦労をおかけしました。
小学校の体育館のステージの上に、音響スタッフは朝7時半入りでセッティングしていた、、、、
にも関わらず、、、、、、、
本番直前の午後になっても、お客様はみな、体育館の後ろ半分に並べられたテーブルと椅子におられたのです。つまり、ステージまでの前部分は、空間として空いていたのでした。
それで、私なりに悩んだ末にーーーーーーーーーー
「音響君が大変でも、わたしとたかちゃんにモニターが聞こえなくても、とにかく、ステージ下の、お客さんの近くでやりたい!!!」と、、、、、なんとも恐ろしい事を言い出したのだ。
スタッフ一同最初は唖然、だが、、、、さすが、千鶴伽スタッフ!!!すばらしい。
昼食の40分の休憩の間に、総出でステージから全ての機材を下に降ろし、
しかし、ミキサー卓だけは、コードの関係で、ステージの上のまま
(つまり、本番中、音響君から演奏者の様子は背中しか見えないという、ありえない状況で)
コンサートは始まったのでした。

コンサート中:
「ピアノを上げてほしい」とか、
「自分の声をもっと上げて」とか、
「カラオケ音源の音をもっと上げて」というような要望・指示は、
私たちの目の前にスタンバいした別のスタッフがそれを受け、
ステージ上の袖にいる音響君に伝えるという、、、、、大変な本番。
それでも、私たちとお客さんの最前列は3~4mあった気がします


さて、、、、
当日の、午前中のちょっとした空き時間に、グランドへいくと、、、、
日曜日ということで、小学校のグランドでは、少年野球、やってました。
ホームベースの金網の後ろで、予備軍?らしき数人の少年達が、ノックの練習をしていたので、
「私にもちょっとやらせてよ=」と、バットを借りて、、、、
と、、、意外と打ちまくる私に、どんどん少年達が集まってきました。
「だれ?このひと?」「知らね~!」「オマエ、知り合い?」「ちげーよー!」「打つじゃん、すっげー」。
賞賛の言葉を浴びまくり、、、

それから鉄棒をやって、ブランコを漕いで、秋晴れのグランド、いい時間でした。

昨日、主催者から、事務所にお礼のお電話があったようです。
普段はコンサートに出かけていけない人たちばかりで、生の声と生の演奏に感動した!とのこと。

そういえば、イベントの手伝いに、中学生のボランティア部が参加をしててコンサートを見ていたので、本番中に、「早春賦」「月の砂漠」「朧月夜」「椰子の実」を知ってますか?と聞いたら
全員、全曲知らないと答えた。
これには、会場のお客様皆さんもびっくり、私もびっくり。


スタッフの皆様、本当にお疲れ様でした。
長い一日でした。

今日のTBSラジオの立会い仕事で

番組のゲストにスポーツノンフィクションライターの、小松成美さんという方がスタジオに来られたようでした。

(私がスタジオに到着した時、既にゲスト部分の収録が済んで帰ってしまわれていて、、、。
以下は、スタジオに残された小松さんの資料を読んで、是非皆さんにお伝えしたいと思い、書いています。)


私が立会いを毎週しているこの番組は『GAKU-Shock』という、中高生向けの番組。
(毎週日曜日23:30~TBSラジオ)

この方は、最近???トップを走るスポーツ選手の生き様や胸の内を密着取材し、35人分のエピソードを一冊の本にされたそうです。タイトルは『トップアスリート』(扶桑社:¥1575)。内容には、松坂大輔、吉田沙保里、朝青龍、野口みずき、北島康介などなど、、、、の名前が。


スタジオに残ってたスタッフの皆さんの話からですが、、、、
この方は、大学受験で合格後、入学直前に自分が何をしたいのかわからなくなり、専門学校へ入ったそうです。その後、広告代理店に入り、、、、、28歳の時にようやく、『スポーツ選手のノンフィクションを書きたい!』と思い、スポーツ雑誌『Number』編集長のところへ行き、、、という方だそうです。

読みたいな~。

放送は11月の2日23時30分から、TBSラジオです。

ザ・ピーナッツ!!!

昨夜、アーヤちゃんと(→同郷の歌手、妹みたいな存在です)19日用に、ザ・ピーナッツメドレー3曲の練習&リハーサルをした。と言ってもほとんどが、振り付け練習。アイドルステップを踏み、手も腰もブンブン動かして、、、、ちなみに、この振り付けは共作。

なかなか大変ですが、楽しいな~。

10年弱前、JAZZダンスを習っていて、音楽スタジオにカセットテープを持ち込み、5時間くらい、汗だくで、踊って歌う練習をしてたことがあった。普通にダンスレッスンを受け、その後に個人レッスンも受け、当時の自分の曲に振り付けをしてもらい、休みなしに踊りながら歌っていた。

19日、千葉県の川間駅近くの、七光台小学校体育館。12時45分から、です。

古典落語

ある、強烈なお方とTBSラジオのスタジオでお会いし、(なぜ、綿h市がTBSラジオのスタジオにいたかは、またいつかお話しましょう!)その人の出されてる本を読んだら、(ついでに書くと、その人の会社を住所からたずねていった!のでした。)古典落語がためになる!と書いてあり、、、、、、、

早速TUTAYAで8枚くらい、色々借りてi-PODで今日聞いてみた。

移動中の電車で聞くには、集中できず、聞き込むのが難しいことがわかった。
四字熟語とかもでてきて、確かに勉強になりそうだが、、、。



旧くて懐かしい曲をほりおこしたいなあと、昭和のヒット全集みたいなタイトルのCDも、借りまくってきた。昭和40年代の曲が、なんか、すごく、いいんです。
西田佐知子の『コーヒールンバ』、
青山ミチの『恋はスバヤク』(初めて知りました~。)、めっちゃかっこよくて。
『誘惑されて棄てられて』(牧村純子)なんかは、今なら、男性歌手が歌った方が、合うかも(笑)。
あと、和田アキ子ベストは、聞いてて笑えるくらい、かっこいい。
ミディアムじゃなくて、ソウルっぽい、アップテンポのヤツ。
『古い日記』の「ハッ!」とか、ステージで思いっきり歌って叫んだら、気持ちイだろうなあ。
コミック歌手にならないようにしないと。
『ルンバでブンブン』とか、「ブンブン!ブンブンブーン!」って歌うし、、、
『タイガー&ドラゴン』とか、「俺の話を聞け~、五分だけでもいい、貸した金の事などどうでもいいから~」って歌って、また「ハッ!」で、歌い終わる。で、最後の最後は、『~~~デンキクラゲヨ~!』って、、、今、ノーベル賞で話題のくらげがでてくるです。


夜中に書いてても、なんか笑えますね~~~。

11月以降のどこかのステージで、歌うかもしれませんので、お楽しみに。
年内はイベントステージがたくさんあるので、自分のライブじゃやらない事を思いっきり楽しもうと思う。

もうすぐ、今年も終わりますね。

夜中に友達から、、、、

「最近、病院に入院中の母親が、俺の顔もわからなくなってきたようで、行くたびにどう接していいのかわからなくなってきた!」というようなメールをよこしてきた。

これは、自分のことじゃないから言えるのかもしれないし、
仮に、自分がそういう立場に立った時には、なんとかそうありたいなあと思う事ですが、、、、

私は、大好きな大好きな千歳ばあちゃんが、(本名の千鶴香はそこから来た、らしい)
福岡の実家に帰省するたびに、私の顔もわからなくなってボケてきたとき、
人ってだんだん子供に戻っていって、だんだん仏様みたいになっていくんだなあと、、、
その行動や発言を見聞きしながら、、、、、、、、、
笑ったり、がっかりしたり、時には怒ったりしながら、思ったんです。

だから、理想は、、、、
そうなっていく大事な人を、そのまま受け入れながら(想像するだけでも難しそうだ!!!)、
そのまま、その人の相手をしつつ、、、
出来る限り、話をそばで聞いてあげること、
時間をとりたいなあ~と。

(自分の親の時には、出来そうも無いかなあ、、、)


思ったりするわけです。

福祉大使という仕事

10月19日に、千葉県野田市で、老人会のイベントに出演する。

福岡市に本社がある、アミューズメント企業が経営する、千葉県野田市のパチンコ店の福祉大使として、『なつかしい歌と旅話』をお届けする、約一時間のコンサートだ。

2002年から、この会社の福祉大使として、「おじいちゃんおばあちゃんコンサート」を九州各地の老人施設において開催させていただいてきた。第九回目となる今回は、初の関東地区千葉県野田市での開催で、2年程前から地域住民の方々による野田店舗へのご要望があり、この度、七光台地区社会福祉協議会が主催される高齢者の方々のためのイベント出演という形で実現する事に。

ライブでも歌わせていただいているのだが、この会社の経営するパチンコ店とインターネットカフェのチェーン店のイメージソングを作詞作曲させていただいたご縁から、(→コマーシャルCDとしてCD化。現在、この2曲はカラオケDAMに入っている)当企業の目指す目指す地元地域への利益還元、社会貢献活動の一環として、高齢者、特に、施設へ入所なさっている方々へのコンサートを、年に2回(一回に2施設でのコンサート)継続して開催させていただいてきた。


音楽活動と平行して行っている、この種の老人施設コンサートにおいては、、、、
感性を揺さぶる歌の力を再認識することが多い。

例えば、自分のお名前やご家族の事さえ忘れてしまった方々が、『月の砂漠』の歌詞を覚えておられる、コンサート中に何か思い出されてか?、泣いたり、大声で漢詩のようなものを諳んじ始めたりされる、など。

また、以前書いたように???
施設間の格差は予想外に大きく、ハード面は勿論、特にそこでの生活の質においてはもっと大きい。多分、そこに関わるスタッフの考え方によることが大きいからだと思う。

一見高級マンションのような老人施設では、毎週様々なイベントが開催される一方、ピカピカとはいえない施設では、そんな経費があるのなら手すり一本でも増設したい、というのが本音のようで。人手不足なのか?そういう施設では、コンサートの開催自体もスタッフには決して喜ばれていない感も見受けられる。また、感性が刺激される機会が少ないと、感覚も鈍ってしまうのか?コンサート中の皆さんの反応にも、大きな違いがある。なんというか、、、目がとろんとしていて、色々、やっぱり『鈍ってしまっている』。

声にならない現状、見落とされがちな社会問題なのかもしれないなと、、、、
仕事で、または、たまには仕事ではなくて(笑)関わるこの種のコンサートでは、色々考えさせられています。

もともと、バンドで上京し、3年目、そのバンドを解散して本当に一人になったとき、レコード会社や音楽事務所に頼らず、自営でやっていけないかなあ?自分にしか出来ない仕事ってなんだろうなあ?と、、、、「よりたくさんお人を喜ばせる、君だけの方法を考えなさい」との、某大企業のCEOの方から頂いた助言を機に悩んだ結果、『★★★企業の福祉大使』という仕事を思いつき、企業へ企画として持ち込んだ、、、、、というのが、ことの始まりでした。


もう初めて10年近くになるのですが、、、、
当初、予算ももらわず、音響会社の知り合いや、仲良しのミュージシャンに格安のギャラ(とも呼べないくらい)で協力を頼み込み、手当たり次第に新聞社などに電話、資料の発送、または編集部に押しかけて、『地元企業による地域への利益還元』、『音楽の力』『施設間の格差』などなど、喋り捲ってました。押しかけてまるで相手にされないような事は、幸い無かったのですが、電話で断られる事もあったり、逆に、顔写真付きで大きく取り上げてもらう事もありました。

私が「与作」を歌ったときに、あるおじいさんが、「ヘイへイホ~!」と叫びながら椅子から立ち上がって手拍子を始めた時、周囲を取り囲んでいたスタッフの方々が急にそのおじいさんの元へ集まり始めて、、、どうしたのかなと思ったら、その方は、何年も動いていない、しゃべっていない、という痴呆症の方だったらしく、、、、。

それとか、コンサート中に、私と一緒に歌っている人に、隣の人が「うるさい!」といったために、けりあいの喧嘩が始まった事もあったり。

時間と体力に余裕があるときは、本当に寝たきりの方が「入院?」なさっている部屋を回ったりする事があります。たいていの老人施設コンサートスケジュールは、朝8時に現場に入り、10時から本番、終わり次第、すぐに着替えて撤収して、午後の本番に向かう、という、全く隙間の無い一日がほとんどなので、なかなか実現できないのですが、一部屋で、例えば3曲やるとして、5部屋回る40~50分になる。ギターや、ピアニカで、ナガシの状態で。ベットで起き上がって聞いてくれている人もあれば、目をつぶって寝たまま、反応といえば指先がちょっとだけ、とか、目元がちょっとだけ動いている程度。やってるほうとしては、ただただ、心に届きますように~と、祈るような気持ちで、本当に必死になって歌う、、、わけです。そういえば、函館の公設の、(今は経て変わった)本当に古くて小さな施設で、6条無いくらいの和室に4人生活のお部屋があり、その部屋の真ん中においてあったコタツに私とミュージシャンと、皆さんで座って、3曲のナガシをやったことがありました。
「蘇州夜曲」を歌ったら、『君がさっき歌ったのは、「蘇州の夜」だぞ!』と、終演後、車椅子のおじいさんに怒られたりしたことも。(→勿論、私が歌ったのは、「蘇州夜曲」ですよ!)
皆さん、ストレートなので、興味が無い!って感じのときは、私の目の前にいらっしゃったとしても、「おれはひばりの歌は嫌いだ!」と叫んで、その場を立ち去ったり、そういうこともあります。


楽しいですよ。本当に。
予期せぬ、嬉しいハプニングのあるコンサート、なんです、老人施設のコンサートって。


きれいごとのように聞こえるかもしれないけれど、
HPにあがっている『亡き母との再会』に書いてあるような経験で、『大人になって、早く歌手になって、老人施設に歌を歌いに行って、そしたら、世の中に恩返しが出来るかもしれない』と、、、
交通事故と『両足切断』とまで一時言われてた母が、たくさんの輸血で一命をとりとめた!と聞かされたときに思ってしまって、それからは、早く早く歌手にならなきゃ、見たいな変な焦りがあったりしたのでした。

今は、この仕事、仕事じゃなくてもいいんですがね、笑、、、
ずっと続けて行きたいなと思っています。

とりとめの無い文章にまたなってしまった。
すみませーん。

CHIKAN

昨日夕方、満員に近い山手線に乗り込んだ時。

扉が閉まる直前、少しふらつく感じで、おじさん(いや、おじいさん???)が、ドアのとこギリギリに居た私のすぐとなりに、乗り込んできた。確か杖もついてたような???普段着のおじいさん?
電車が発車したとき、その人がグラ~っと、こっちに倒れ掛かり、、、、
私も体の位置を変えようとしたりして、、、

次の駅について、また発車したその瞬間、
よろけたのか?その人の顔が、自分の首元に倒れ掛かったのを感じた。
息も、、、感じたような、、、、

当然、びっくりして、反射的に、『はっ!!!!』と小さな声を上げてしまい、体をよけて、、、
顔を上げると、私とおじさんから(満員電車の中!)乗客が数十センチの距離を開けていて、
もっと言うと、みんなが私を見ていた。

そこで、おじさんがキレマシタ!
『てめーのせいで、みんなが俺を見てるやないかぁ~、コ~ノヤロー!!』
みんな凍りついた。

『おじさん』なら、私も負けずに怒鳴り返したが、
ちょっとおじいさん!なので、気の毒なような、、、
でも、さっきの倒れ方じゃ、ちょっとひどいんじゃな~い?とも言いたいような、

みんなが私たちを、ずっと見ていた。
だまーって。
ピーン!と、張り詰めた満員電車
(そこの、突っ立ってる、大学生の?カッチョいいおにいさん、助けてよ~とか思いつつ)

私は、、、、、
目を閉じて立ったまま、ただじっとしていました。
その間、1~2分間。

その人は、ブツブツ、ブツブツ、、、と私に向かって?何か文句を言いつづけていて、
私はただ、刺されませんように=と祈りつつ、
動くスペースもない満員電車の中で、
次の停車駅でドアが開くのをひたすら待ち続けた次第でした。


あ~こわかった。
時間が経つにつれて、腹が立つような、
ちょっと可笑しいような。
これって、
女性にとっても、男性にとっても、、、、
なかなか難しい問題、でしょう????

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